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タイトル |
墓標なき草原 (下)(ボヒョウナキソウゲン) |
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文革の凄惨な階級闘争は実は少数民族地域にも及んでいた。内モンゴルでは五人に一人が「民族分裂主義者」とみなされ、公式発表でも約三万人が殺害された。革命の聖地延安出身のモンゴル人共産主義者までもが弾圧の標的となり、粛清はより組織的かつ残忍になっていく。体験者の証言、同時代資料、国内外の研究を渉猟して隠蔽された過去を解き明かす。(解説=藤原作弥)
第3部 根元から紅い延安派
第7章 モンゴル人を殺して,モンゴル族の人心を得るーー延安派に嫁いだオルドス・モンゴル人女性奇琳花
第8章 「モンゴル人虐殺は正しかった」--所詮は「地方民族主義者」にすぎぬ「延安派」オーノス
第9章 「モンゴル人がいくら死んでも,埋める場所はある」--大沙漠に散った延安派幹部アムルリングイ
第4部 トゥク悲史ーー小さな人民公社での大量虐殺
第10章 「文明人」が作った巨大な処刑場ーートゥク人民公社の元書記ハスビリクトの経験
第11章 「中国ではモンゴル人の命ほど軽いものはない」--家族全員を失ったチムスレン
第12章 「モンゴル人が死ねば,食糧の節約になる」--革命委員会主任エルデニの回想
終 章 スケープゴートもモンゴル人でなければならないーー息子が語る「抗日作家」の父ウラーンバガナ
視 座 ジェノサイドとしての中国文化大革命
おわりにーーオリンピック・イヤーの「中国文化大革命」
解 説(藤原作弥)
内モンゴル自治区文化大革命年表
参考文献
人名索引
【上巻目次】
人物紹介・重要歴史事項・地図
はじめにーー内モンゴルの文化大革命に至る道
序 章 「社会主義中国は,貧しい人々の味方」--中国共産党を信じた牧畜民バイワル
第1部 「日本刀をぶら下げた連中」
第1章 日本から学んだモンゴル人の共産主義思想ーー 一高生トブシン,毛澤東の百花斉放に散る
第2章 「亡国の輩になりたくなかった」--満洲建国大学のトグスの夢
第3章 「モンゴル族は中国の奴隷にすぎない」--「内モンゴルのシンドラー」,ジュテークチ
第2部 ジュニアたちの造反
第4章 「動物園」の烽火ーー師範学院のモンゴル人造反派ハラフー
第5章 陰謀の集大成としての文化大革命ーー師範大学名誉教授リンセの経験
第6章 漢人農民が完成させた「光栄な殺戮」--草原の造反派フレルバートル