「物音ひとつしない静けさに被われることがある。何かを読み忘れていないか。そう思うのは、そんなときだ。書棚に置いたまま、まだ読んでいない書物が多数ある。また、書物のなかに含まれる作品のすべてを読むわけではないので、そこにも読まないものがあって、新雪のように降りつもる。そのことがこれまで以上に気になりはじめた。ある年齢を過ぎると、知らないまま行き過ぎることを惜しむ気持ちが高まるのだろうか。」(本書「異同」より)
これまで多くの読者と高い評価に支えられてきた散文集シリーズ。『忘れられる過去』(講談社エッセイ賞)、『過去をもつ人』(毎日出版文化賞書評賞)につらなる本書もまた、ぶれない著者の発見と指摘に、読む者は胸を突かれ、思念の方位を示される。そのありがたみは変わらない。
風景の時間、ゴーリキーの少女、名作の表情、制作のことば、川上未映子の詩、西鶴の奇談、テレビのなかの名作、など近作エッセイ45編に書き下ろしを加えた。
I
椅子と世界 風景の時間 美の要点 現象のなかの作品 荷車の丘の道 乙女の英語 ゴーリキーの少女 「幸福な王子」の幸福 光のなかでリーナは思う 集落の相貌 美しい人たちの町 アーサー・ミラーの小説 名作の表情 情景の日々 外側の世界とともに
II
生原稿 制作のことば 風景の影 夢の生きかた 詩の時代 ヤマユリの位置 川上未映子の詩 古代詩の眺望 若き日の道へ 流れは動く 平成の昭和文学 「星への旅」へ 文芸評論を生きる モーパッサンの中編 太陽の視角 明快な楽しみ
III
西鶴の奇談 与謝野晶子の少女時代 第一印象の文学 ことばは話す 底にある本 群落 明日の夕方 離れた素顔 テレビのなかの名作 姿勢 幻の月、幻の紙 垣根を越えて 激動期の青春 平成期の五冊 異同
あとがき
初出一覧